病院が患者に対して預り金を求める背景には、日本の公的医療保険制度と病院の会計システムの仕組みが深く関わっています。私たちが病院で受ける医療サービスは、すべて「診療報酬点数」という単位で細かく規定されています。診察料、検査料、投薬料、処置料、さらには時間外加算や休日加算など、1回の受診で発生する項目は多岐にわたり、これらをすべて正確に計算するには専門的な知識を持った医療事務職の介在が不可欠です。しかし、24時間365日、常にこの専門スタッフを配置し続けることは、病院経営において多大なコストとなります。特に中小規模の病院や、救急に特化した夜間の現場では、医師や看護師が医療行為に専念できるよう、事務作業を極限まで簡略化する必要があります。これが、預り金という「概算払い」が必要となる最大の理由です。預り金制度を導入することで、病院は会計待ちの時間を短縮し、患者を速やかに帰宅させ、休息を促すことができます。また、保険証を持っていない場合や、有効期限が切れている場合なども、預り金は重要な役割を果たします。保険証が確認できない場合、本来は全額自己負担となりますが、後日保険証を持参することを前提に、一定の預り金で診察を行うという柔軟な対応が可能になるのです。また、入院における預り金には、別の意図も含まれています。入院治療は高額になることが多く、退院時に支払いが滞るリスクを避けるため、一定の担保として預り金を徴収する慣習があります。これは不動産を借りる際の敷金に近い性質を持っていると言えるでしょう。ただし、近年ではこの慣習に対して、経済的弱者が受診を控える原因になるという批判もあり、預り金を廃止したり、クレジットカードの登録のみで済ませたりする病院も増えています。技術的な面では、AIを用いた自動計算システムの導入により、事務スタッフがいなくても正確な金額を算出できる環境が整いつつありますが、まだ全国的な普及には至っていません。預り金というシステムは、IT化が進む現代において、アナログな調整弁として機能しているのです。患者側としては、このお金がけっして病院の利益になるものではなく、適正な医療費の精算が行われるまでの「仮置き」であることを正しく理解しておく必要があります。医療機関と患者の信頼関係を維持し、誰でも必要な時に医療を受けられる体制を支えるために、預り金という制度は今なお重要な役割を担っているのです。
医療費の概算払いとしての預り金が必要な理由