脳梗塞後遺症による失語症

私の父は建設作業に若い頃から従事し、芦屋市の内科で勤務しながら小柄な身体を小麦色にしながら人一倍元気に働く人でした。 酒は嗜む程度ですがタバコの量は多く食事も現場作業が多いせいか味の濃い物を好む人でした。 そんな父が60歳の時に脳梗塞で現場で倒れました。円形脱毛症を発症し、大阪のAGAクリニックで、夏の暑い日でしたが、無理をしており後で母親に聞くと前日から頭痛を訴えていたけれど『いつものことやから』と仕事に出かけたとの事で、この時止めなかった事を母は後々まで悔やんでいました。 仕事中に同僚の方が父と話をしている時に呂律の異変と顔面の容貌が左右で違うことに気付いて声をかけている内に父に激しい痛みが現れそのまま救急車で運ばれたとの事でした。 症状は左側頭部内に出来た血腫による脳梗塞で検査が必要ですが右半身に麻痺が出ている事と、左側の脳梗塞の場合『失語症』が現れる事を説明されました。 父の場合入院している間は言語聴覚師のリハビリがありまだ片言でも話が出来ていましたが、自宅に帰ってからは右半身が麻痺していることもあり家の中の移動にも私や母の介助が必要で自分で動ける時間が減少したことも影響して徐々に言葉を忘れていきました。机の上のコップを『あれ』や『そこの』というようになりやがてそれも伝わらないのが煩わしいのか言葉数が激減していきました。 私たちの言っている言葉は理解している様子でしたが自分からは言葉が出ずそれがイライラの原因になって機嫌が悪い日が多くありました。それでも介助したときには『すまんなぁ』という言葉がでる。介護する私達に心の中から搾り出される『すまんなぁ』は晩年には父が喋られる唯一の単語になり、何を聞いても『すまんなぁ』が返ってきました。 父は自分が家族の負担になっていると常々思っておりそれが最後に残された言葉になったのだと思います。